#073

 ここにきていよいよ、ガイナスのV字回復はメディアからもてはやされるフェーズに入ろうとしていた。
 平均入場者数は目標値を大きく上回る4100人、小口スポンサーをかき集めたおかげで金額はともかくリストは膨れあがった。今年度の黒字達成はほぼ確実とみられ、成績も、初のJ1昇格を十分に狙える位置につけている。出来過ぎといってもいい状況だろう。

 トップの経営手腕というよりも、そのほとんどはチームの成功によるものだ。
 少なくとも眞咲はそう広言していたし、事実その通りだと感じてもいた。
 いくらフロントが再建に奔走したところで、実際に試合を戦うのはチームだ。チームがここまでうまく勝ちを積み上げてくれなければ、そして何より、白田や掛川といった代表に選出される選手が出てこなければ、ガイナスが進むのはもっと地道で苦難の多い道だっただろう。

 ――その方が「計算できる」状況だったかもしれないとは、口が裂けても言ってはならない。

 

 

 全国ネットのドキュメンタリー番組が見慣れた景色を映し出したので、選手寮でテレビを眺めて選手たちが俄に沸き立った。
 聞き慣れたナレーションは最早聞き慣れた順番でガイナスの窮状をさっくりと説明し、さらにテキパキと今年の快進撃や白田の活躍を説明した。さすがの手腕というか、本題に入るまでが早くてわかりやすく、オマケに華々しい。

「おー、すげぇ。シロがイケメンに見える」
「ネー。スゴイネー」
「角度とスピード感って大事だな」
「つーか毎度毎度シロが主役扱いってのが気にいらねぇ」
「へ? 違うッスよ、今回はホラ、社長――」
「ハハッ、なまじ慣れてきてんのが腹立つわー」
「痛い痛い痛い!」

 騒いでいる間に、余所行きの笑顔で眞咲が撮影クルーを迎える。
 眞咲の特殊すぎる家庭事情は暗黙の了解で伏せられ、十代には見えない落ち着いた物腰と装いで取材に応じた。
 アイビーリーグの経営大学院を「優」で卒業。在学中に共同経営者として起業した会社は今やシェア2位の事務用品通販会社だが、眞咲は優等生の笑顔で「勉強させてもらっただけです。とてもいい経験でした」と共同経営者の力量を強調した。
 だが、いかにも成功者めいた壮年の共同経営者は、デスクチェアにゆったりともたれかかってインタビュアーに答えた。

『とんでもない。彼女は優秀で、情熱があり、他人の仕事を尊重する姿勢を持っている。そして何より、自分自身に足りないものを自覚し、足元をきちんと見ることができる稀有な女性だ。若すぎることは、決して彼女の能力を否定しない』

 そのまま海外ドラマに出てきそうな歯の白い伊達男だったが、当然ながら選手の反応は芳しくなかった。

「……なんかムカつかないか、こいつ」
「わかる。なんかこの、いかにも自信満々ですって感じが……」
「アメリカ人ってこんなもんか?」
「あー、うんうん、アメリカ人っぽい」

 会って話したことがあるアメリカ人など片手で数えられるような青年たちが、典型という偏見を以て認定している後ろで、フージは母国語の呟きを落とした。

『……この発言、ジジ情報(※ロリコンインテリマッチョ)があると、意味深にしか聞こえないな……』
「何だよフージ」
「ンー。シロ、もっとガンバロー」
「いきなり何だよ!?」

 まあある意味、顔は知ることができたわけだ。
 万一いきなりクラブハウスに来襲してきても、この同調具合で対応できるだろうとフージは頷く。
 チームメイトが外国人の顔を見分けられるのかという点は非常に疑わしいが、とりあえず棚の上に放ることにした。
 画面の中では再び日本に戻り、眞咲が謙遜合戦に嫌味なく終止符を打ったところだ。

『何よりも必要なことは、このクラブを地域の皆さんに、地域の宝物なのだと思っていただくことです。スポーツクラブという経済資源はその存在だけでも一定の価値があります。けれど、それだけではいけません。……ガイナスは地域に育てられ、守られてきました。次はガイナスが地域を育て、活気や、人のつながりを生み出すべきです』

 ナレーションが、今年ガイナスが行ってきた様々な地域貢献活動を映像とともに振り返る。
 サッカー教室や学校訪問だけではなく大小様々なローカルイベントや啓発事業への参加まで、その種類と数は多岐に渡る。
 改めて列挙されると、よくもまあここまで頑張ったものだと自画自賛したくなるレベルだ。

「あー、これやったやった。トラがもうちょいで引きこもりかけてた」
「トラっつったらさー、いつだったか寝坊して参加しなかったよな」
「あったあった。社長にめっちゃ絞られてた」
「今更蒸し返すのかよ……!」
「アハハー。あ! ネーネー、僕、『自業自得』漢字で書けルヨー!」
「待てどういう意味だフージ!」
「エーットネー……ホラ! デキター!」
「おお、すげえ」
「フージ、シロより日本語うまくないか?」
「くそ、反論できねえ……!」
「エッヘン!」
「あ、なんか越智が静かーに対抗してる」
「お前日本人だろ」
「……あれ? 俺も書けないかも」
「何言ってんだよ。えーっと、自分の『自』にー……ゴウって何だっけ」

 彼らの所属クラブの社長が丹念に作り上げた取材結果は、選手の突発的な漢字書き取り大会にジャックされ、残念ながら彼らの脳裏におぼろげな記憶しか残すことができなかった。

 

 

 

 一方、森脇家ではもう少し真面目に鑑賞会が行われていた。

『地方のクラブである以上、小さなクラブであることは仕方がありません。それでも、ガイナスを見て育った子どもたちが、大きくなったらガイナスで活躍したいと言ってくれるようなクラブにしたい。そのためにはハード面の充実が必要ですし、さらにそのためには、財政の安定化が不可欠です』

 ほへー、という擬音語が出そうな雰囲気で口を開けている姉に、弟は呆れたような目を向けていた。
 テレビなんてものはシナリオ付きの予定調和だ。この間読んだ漫画で言っていた。
 心底感心している姉の様子に、弟としてはつい斜に構えてみたくもなる。

『ええ、白田選手のような存在は、クラブとしてはとてもありがたいです。日本代表に選ばれた今でも、彼のガイナスへのこだわりは尋常じゃありません。……まあ、そんな選手はそうそういないのは当然というか、選手にも生活がありますから』

 苦笑混じりに笑う眞咲に、インタビュアーは率直な問いかけを向けた。

『白田選手には海外からのオファーも噂されていますが、契約がネックになっているとか……』
『ええ、彼の要望で。移籍金を残せない移籍はしないと』
『それは、クラブへの愛ということでしょうか?』
『クラブと、この鳥取という地元への愛ですね。J2に収まらない選手だとは皆さん思っていらっしゃるでしょう。ですが、白田選手自身が望む以上、我々も彼を必要とし続けます。選手に低い条件を飲んで貰うのではなく、もっといい条件を選手に提示できるよう、まずは観客動員数を安定させる。経常黒字を目指し、予算規模を着実に大きくしていくこと……白田選手はまだ二十歳です。彼の成長とクラブの成長が同じ歩みを見せることができたら、それが最も幸せな選択ですね』

 大人びたようだった眞咲の目に、ほんのわずか未来を夢見るような甘さが混じった。
 それを隠すように目蓋を伏せたが、口元に浮かべた笑みは消えないままだ。
 たいして興味を持っていなかった中学生の気を引くには、十分な威力があった。

「こーやってみると、うちの社長って美人だよな」
「そうだねー」
「……なんで姉ちゃんが嬉しそうなんだよ」
「えっ。何か嬉しくない?」
「えっ。……あー、まあ、そこそこ?」
「でしょ!? 白田選手だって島根の選手に自慢してたんだから! でも美人なだけじゃないんだよ、すっごく頑張り屋でね、頭がよくってね、あと抜け目がなくってね」
「ちょい待ち。姉ちゃん、最後の褒めてねぇ」
「え!? 褒めてるよ!」
「……見える……手に取るように見えるぜ、姉ちゃんのド天然っぷりに苦笑する社長が……」
「ひどーい!」

 色々な意味で高校生と小学生の姉弟とは思えない喧嘩を始めた子供たちに、両親は微笑ましげな苦笑を交わした。
 話題となっている娘の同級生は、娘を雇う段にわざわざ挨拶に出向いて来たので面識がある。
 高校生一人がやってきたなら面食らっただろうが、そこも心得て取締役の前社長を連れてきたのだから、実際抜け目がない。そして、そんな人間に見込まれてしまった我が身の状況に、全く気付いていない娘に苦笑してしまうのだ。
 近くの公立大学に進むものと思いこんでいた娘が、志望校を大きく転換させたのも、雇い主である同級生の誘導によるものだろう。
 真面目で努力家である割に自己評価の低い理沙には、まさにうってつけの上司だ。
 こうやってテレビで特集を組まれてしまうと、否応なしに相手の巨大さを認識してしまう。下手をしたら、奨学金を出すから留学してはどうかなどという話も出されかねない雰囲気だった。

「……まあ、理沙がいいなら……ねえ?」
「そうだな。……理沙、お前、進路はよく考えて決めるんだぞ。お前がやりたいことをやっていいんだからな。嫌なら、ちゃんとそう言うんだぞ」
「え? お母さんもお父さんも、どうしたの、急に……」
「姉ちゃんが激ニブだから苦労するよな−」
「そ、そんなことないもん!」
「あーあー、くっそまじめな姉ちゃんのせいで、俺も苦労するぜ」
「えっ……」

 とたんに泣き出しそうな顔をした娘に、両親揃ってフォローに回る羽目になった。

「ちょっと、やだ、あんたのせいじゃないでしょ!? っていうかリク、あんた勉強する気なんてあったわけ!? やる気があるのサッカーだけじゃないの!」
「うちそんなにお金持ちじゃないけど、二人とも好きな進路選ばせてやれるくらいには頑張ってるからな!? あとはお前らのやる気次第だからな!」
「……そうね、よし、いい機会じゃないの。リク、あんたそこ座りなさい。今後のあんたの進路についてみっちり話を――」
「だから母さん、その話はまだ早いって! リクはまだ小学生なんだぞ!」
「何よ、別に子供の夢を摘もうなんて気はないわよ!」

 いつの間にか夫婦喧嘩に移行した話題に、理沙がおろおろと手をさまよわせる。
 一方の弟は面倒くさそうに逃亡を企てたので、姉が慌ててその腕を抱き留めた。

「ちょっと、陸!」
「……高校生にしてなんっにも当たってこねえってのが、ある意味すげえ……」
「何の話!?」

 言わずもがな胸の話だ。
 しまいには祖父母まで巻き込んだ騒ぎになったのだが、話は全面戦争に至る前に収集をみた。
 理沙が解釈したところによると、残念ながら森脇家に恵まれた胸囲を持つ女性は存在しなかったらしい。……非常に、残念なことに。

 

 

 

 事務所の扉が開いたのは、経理担当の藤間功子がプリントアウトした書類を取りに席を立ったのと、ちょうど同じタイミングだった。
 現在時刻は午後九時を過ぎたところだ。他に残っている事務方はいない。
 藤間は小首を傾げるようにして声を掛けた。

『ハイ、ボス。お帰りなさい。コーヒー飲みます?』
『ありがとう』

 二人でいるときは、もうすっかり、眞咲が楽な英語で話すようになっている。藤間からの提案だったが、案外気持ちの切り替えに役立っているようだ。以前よりも空気がリラックスしている。
 眞咲が笑顔になり、藤間からカップを受け取った。

『遅くまで頑張ってくれて、感謝してるわ。でも、そろそろあなたには代休を消化してもらわなくちゃ』
『ああ……ええ、そうね。じゃあ、来週あたり』
『約束よ』

 日本語では真面目で隙のない印象の眞咲だが、母語だからか、それとも文化的な差異なのか、英語では少しばかり茶目っ気が表に出る。
 それとも気心が知れてきたためだろうか。できの良い妹のような、少し危なっかしい姉のような、不思議な感覚になることがままあった。
 眞咲だけではない。うまくいっている組織では大概がそうであるように、今のガイナスは選手もスタッフも総じて仲が良い。べったりとした感じではないが、前職会社の創生期や、高校の学祭を思い出す連帯感がある。
 プロスポーツのスタッフというのは、どんなに弱小だろうが競争率が高い。やりたいと強く願って入ってくる人間が多いことと、その事業形態から、残業時間が集中的に跳ね上がることがままある。
 もっとも、残業代を支払うには財務状態が厳しいのだが――眞咲は経歴上、サービス残業という習慣に違和感が拭えないようで、時間単位での代休取得を積極的に奨励していた。

『ところで、ボス? 今日は青年会議所との会食だったはずよ。わざわざ戻ってきたのは、これからまだ仕事をするつもりだからなの?』
『まだ九時だわ。一番責任のある人間が、一番働くのは当然よ』
『まったく。……何か、問題でも?』
『概ねつつがなく……と言いたいところだけど、ちょっとトラブルに遭いそうになったわ』
『トラブルって……』
『「手違い」でアルコールのグラスを渡されて、もう少しで飲酒するところ』

 表情の変化が少ない功子が、見て分かるほどに顔をしかめた。
 眞咲は大して気にした様子もなく、飄然と肩を竦めた。

『……役職者に顔見知りがいる。太い釘を刺しておくわ』
『いえ、会場のスタッフのミスよ。……もっと言うなら、おそらく私の実家絡みね。せせこましい妨害を根気よくネチネチ続けてくれているの』
『シロアリ並のしつこさね……』
『いい喩えだわ。母屋を傾けられないように注意しないと』
『ボス?』
『大丈夫、茶化してない。とっても真剣よ。それに、ちゃんと手も打っているから』

 言い訳をするように冗談をうち消し、眞咲はサーバーのコーヒーを空になったカップに注いだ。
 淹れてから大分経っているのだが、カフェインが摂取できればいいといって憚らない眞咲は、味にほとんど頓着しない。
 そのまま社長室に逃げようとするので、背中に声を掛けた。

『主要株主会議の資料、机の上に置いたわ』
『さすが藤間さん、仕事が早いわね。ありがとう。確認しておくわ。……ところで、それは?』

 振り返った眞咲が首を傾げ、功子が手にしたドラフトを見る。
 功子はわずかな間の躊躇を挟んで答えた。

『……昇格審査の方。必要になるかもしれないから、準備しておくに越したことは……』
『……なるほど』
『ごめんなさい。勝手な仕事をしてるのは、よく分かっているの』

 眞咲の苦笑は、予想通りのものだった。
 ガイナスの存続そのものは、おそらく次の主要株主会議で承認されるだろう。問題は、そこではない。
 ガイナスが仮にJ2で優勝したとしても、そのまますんなりとJ1に昇格できるわけではないのだ。

『あなたは経営をよく知っているから。……わたしが何に頭を痛めてるか、分かってしまうわよね』
『……経営危機を迎えたクラブが、債務超過の解消どころか実質単年度収支の黒字化もまだまだ危うい会社が、J1への昇格要件を満たせるか、否か?』
『そうね』

 眞咲はコーヒーを一口飲み、静かに頷いた。
 他のスタッフ相手ならば頷かなかっただろう。志気を落とすことになりかねない。
 だが、功子は今、誰よりもこのクラブの財務状況を理解している。前職では、一から興した会社が二部上場企業に成長するまでずっと、裏方を支えてきたのだ。今の眞咲が大言を吐いたところで、その通りだと頷いてみせるのは難しかった。

『あなたの口の固さを信頼して、本当のことを言うわ。
 まずは、債務超過。これを抱えている限り、リーグは昇格を認めない。次に、ホームスタジアム。とりぎんバードスタジアムの収容数は公称16033人だけど、消防法上、実際の収容人数はJ1規格の16000人を下回るわ。おそらくリーグから改修を求められる。A契約選手も5人でよかったところが、J1では15人以上の登録が必要。選手年俸を引き上げなければいけない。おまけにJ1への入会金が6000万。しかも支払期日は、入会承認から一ヶ月以内。一括でね。……リーグからの分配金は上がるにせよ、そろそろ金額を計算するのが嫌になってこない?』
『……同感よ。でも、諦めきれない』

 予想通りの回答だった。
 今のガイナスがJ1に昇格しようというのは、資金的にも運営規模的にも限りなく無謀だ。これ以上の出資を自治体はよしとしないだろうし、親会社に至っては自身も経営再建中の身で出費を削りたがっている。とてもではないが、あと数ヶ月で用立てられる金額ではない。

『残念ながら、正攻法でこれだけの資金を用立てることは、実質的に不可能』
『……そうね』
『でもそんなこと、この状況ではとても選手に言えない。……頭が痛いわ』

 そのとき、眞咲の携帯電話に着信があった。
 発信者を確認したものの、眞咲は顔をしかめて、電話に出ようとしない。

『出たくない相手?』

 眞咲は小さくため息を吐き、会話を日本語に切り替えた。

「……シロですね」
「白田君?」

 言わずとしれたガイナスのエースストライカーが、眞咲に清々しいほど一方的な片思いをしていることは周知の事実である。
 おやすみの電話というには時間帯が早い。何か急な用事でもあるのだろうか。

「私、席を外しましょうか」
「いえ、そうじゃないんです。……大したことじゃないんですが、ちょっと、正直に言ってしまえば……面倒で」

 言っているうちに、着信音が止んだ。

「面倒?」
「……迎えに来ると言ってきかなかったものですから、盛大な『待て』を」
「ああ。そうか、青年会議所って、言われてみれば競争力の強いライバルがたくさん……」
「河本さんのようなことを言わないでください」

 眞咲が憮然と返した。
 おそらく白田を嗾けたのも、広報の河本だろう。年齢的にも性格的にも、白田が青年会議所の幹部構成員を知っていたとは思えない。知っていたとしても「仕事は仕事」と純粋に考え、けろっとしていたに違いない。
 河本には、身の回りのネタを何でもエンターテイメントに仕立て上げようとする性質がある。仕事では役立つが、日常生活には少々厄介だ。ついでに言えば白田は純真無垢――この表現は成人男性には不適切か――直情径行はどうだろう。本来の意味でも合致しそうだ。まあそんな感じの青年なので、見事にあっさり引っかかって、眞咲に食い下がったのだろう。
 心配はわかるのだが、駆け引きも何もない。それでは父兄のポジションだ。女の子には煙たがられる。経験値不足の表れだろう。
 功子が苦笑したい気分でデスクに戻ったとき、また電話が鳴った。
 視線を上げると、眞咲もこちらを見ていた。

「社長。……出てあげて」

 眞咲はもの言いたげな顔をしたが、やがて諦めたように通話ボタンを押した。

「……もしもし?」
『社長!? やっと出た、いまどこだ!?』
「クラブハウスよ。藤間さんと一緒」

 端的な返答に、白田が沈黙した。
 どうなることかとこっそり聞き耳を立てていれば、どうやらため息を吐いたらしい。――しかも、安堵の方で。

『あー……そっか、だったら安心した……』
「安心?」
『もー河本さんがスッゲー煽ってくんだよ。金と地位のある男がどんだけ女慣れしてるかって。もう絶対、危ない目にあうとかなんとか……』
「……あのね、仕事よ。そんなことがあると思う? 相手にも失礼だわ」
『だから悪かったって! くそっ、また騙された……!』
「完全な愉快犯ね。これで四度目よ。そろそろ学習しない?」
『……努力する。で、疲れてんのにどうせ今から仕事するんだろ。日付変わるまでに帰れよ』
「どうも。努力するわ」

 電話を切った眞咲の顔には、苦り切ったというよりも、拗ねたような色が垣間見えた。

「……何なのよ、もう」

 ――もしかしたら、案外、全くの脈なしというわけではないのかもしれない。
 ふと功子の脳裏にそんな考えが過ぎった。
 が、一秒後には思い直してパソコンに向き合った。
 おそらくこのペースでは、進捗まで、軽く数年単位の時間が必要となるだろう。