The Whole world is about three drinks behind.

いくつかネタがあったのですがタイムリーだったのでこれを。
※実在する人物には一切関係ございません
※白田の高校時代のチームメイトにしてガイナスサポーター、牧青年のお話です




 車を出せ、という命令めいたお願いメールがスマホに届いたのは、その日の早朝だった。

 どうやら僕の年上の彼女は、昨夜発生した重大ニュースを朝になって知ったらしい。
 そのタイムラグの間に準備はすませてある。どうしても外せない講義はなく、友人たちにノートを頼み、バイトは入っているが夜からだ。貯まっていた有給をぶっこんだという彼女に付き合う用意は整っている。

 果たしてお迎えに上がった一人住まいのアパートで、珍しくノーメイクの結子さんとご対面することと相成った。
 予想とは違い、泣きはらしてひどい顔になっているわけではなかったが、うちひしがれるほどショックだったのは間違いないらしい。僕という愚痴の吐き出し口を獲得した彼女は、ローテーブルに突っ伏してぐだぐだ状態となっている。

「ひどいひどい、もーむり、あんまりよぉおお」
「はあ、そうですか」
「あたしのひなちゃんが! けっこん! とか! うそだあああ」

 結子さんのではないし、婚期の早いサッカー選手にしては遅かったくらいだ。
 そもそもそんな発言を仮にも彼氏である男に言うのはいかがなものか。

 中西陽太なかにし ひなた
 サッカー日本代表の不動のボランチにして、爽やか極まりないルックスと猫のような性格でアイドル並の人気を誇る選手である。この部屋にもがっつり飾ってあるカレンダーの売り上げは、なんと25万部。グループではなく個人の数字としては、アイドル歌手をも脅かすレベルだ。
 まったくと言っていいほど浮いた噂のなかったそんな人気選手が、唐突に、入籍を発表したというのだから、それはもう激震が走ったと言っても過言ではない。
 昨夜から本日にかけ、日本列島が祝福と嘆きの声に満ちたというのは、大げさではあるかもしれないが嘘ではない。代表ファンの多さに、少しばかり羨望のため息が出てくるくらいだ。

「きっと夢よ……それかエイプリルフール……現実であるはずがない……!」
「現実以外の何でもないんで、受け入れるしかないですね」
「受け入れがたい。もう何もする気が起きない」
「実際仕事サボってるじゃないですか。立派な社会人としてどうなんですかねこれ」
「だって仕事になんないもん!」
「ダイナミックな言い訳ですね」
「ううう……それにしてもさあ、彼女がいるならそういってくれればいいと思わない!?」
「言ったら言ったで、どっちにしても荒れるでしょ。結子さん」
「……そうだね! わかってるけど! もうちょっと夢みてたかったー!」

 サッカー好きという触れ込みで引き合わせられた僕たちだが、残念ながら守備範囲は大いに違う。
 僕にとっては地元のJリーグクラブが第一の大前提で、代表戦はテレビで見る程度だ。海外は地元に縁がある選手がいないこともあって、ほとんど見ない。
 反対に彼女は代表おっかけから始まった海外サッカーファンである。
 下手をすると全面戦争に発展しかねないイデオロギーの違いがあるが、なぜか大きな喧嘩に発展することなく、交際期間はそろそろ一年を経過する。

 僕は適当な合いの手を入れながら、ペットボトルの紅茶を彼女のマグカップに注いでやった。こんなときでも「ありがとう」の言葉は忘れないのが、彼女のいいところだ。
 しかし、なんとも終わりの見えない沼である。
 ぐずぐずになりすぎてそろそろ溶けだしそうだ。

「どーりで女の子のファンにそっけないはずよ……子供には優しいのに……!」
「そういうとこが好きーとか言ってませんでしたっけ」
「好きだけど! でもなんか納得いかないぃい!」
「なんかって何ですか」
「もー、牧くん、うるさい! あんたあたしのこと慰めに来たんじゃないの!?」
「はいはい」
「何スマホいじってんのよう! 扱いが適当すぎる!」
「はいはい。……へー、幼なじみだったらしいですよ」
「……なにが」
「中西選手の嫁さん」
「……おさななじみ」
「しかも年上だそうです」
「……年上……」
「あとついでになんと」
「あーあー聞こえなーい!」
「まあまあ。ほら耳塞がないで」
「やーめーてー!」

 彼女が現実逃避でシャットアウトした情報やファンの反応を、懇切丁寧にピックアップしていったところ、約十五分で彼女がキレた。

「なんなのもうホントなんなの、いじめに来たの!?」
「いえ、遊びに」
「あたしで遊びに来たってか! いい度胸だ!」

 うっかり正確に伝わってしまったようだ。
 毛を逆立てるように威嚇する彼女に、そろそろ頃合いだと時計を見た。

「まあまあ。えーっとそれで、車出せって話でしたけど。どこ行くんですか?」

 まだ威嚇するような顔で僕をにらみつけ、彼女は憤然と腕を組んだ。

「有機野菜レストランのビュッフェ」
「……そんなのありましたっけ、米子に」
「あるわけないじゃん大阪までいくに決まってんじゃん」
「ちょ……今から行ったら帰るの夜になりますよ!? 僕、今日夜からバイトが」
「うっさい付き合え! 乙女のやけ食いは野菜しか許されてないのよ!」
「おとなしくケーキでいいじゃないですか!」
「誘惑すんな! 後で肌荒れと体重増加で鬱るんだから! あと気分転換のドライブもかねてるし!」
「自分で運転すりゃいいんじゃ……」
「なによう薄情だぞ彼氏! 途中でいきなりハンドルにつっぷしてもいいなら運転するわよ。長距離ならあんたのデミオ君のが優秀だしどっちにしても連行するけど」
「……」
「やだっての?」
「……はいはい、分かりました。とりあえず顔洗って化粧してください。顔ひどいことになってるんで」
「残念でしたー、もとからこんな顔ですうー」
「いつもはもうちょっと可愛いです」
「微っ妙なほめかた!」

 べっ、と舌を出して、彼女はバスルームに消えた。
 どうやら一頻り騒いで落ち着いたらしい。
 僕は再びスマホを手に取り、バイトのシフトを代わってくれる人を捜そうとして――ふと、先に一通のメールを送った。

 

 

 

 その日、高校からの友人から友人未満の代表仲間へ「結婚ありがとう」という伝言を頼まれた白田は、意味が分からず首を捻ったという。