【 酒々落々(しゃしゃらくらく) 】
性格や態度、言動などがさっぱりしていて、こだわりのない様子。また、そのような人。

万里 十ばんり とお君、あたしとつきあって?」

 とびきりかわいい女の子からこんな言葉が出てきたなら、野次馬からブーイングが出るのはしごく当然の流れだ。――もっともその「当然」は、野次馬の存在に、当人が気づいているとすればの話だが。
 現場は、人気がないはずの学校の裏庭である。
 突如飛び交った怒号に十はぎょっとして、飛び上がるように振り返った。

「うわあ!? え、ちょっ、なんでついてきてるの!」
「くっそ何だそれお前! ありえねー!」
「結局顔かよ! 男の敵め!」
「いやいや待て待て、きっと万里の正体を知らないだけなんだよ。ここは正確な真実ってやつを教えてやるのが親切ってもんだろ」

 言いたい放題の大騒ぎに、十は目眩を覚えてよろめいた。
 呼び出されてほいほいやってきた結果がこれだ。尾行に気づかなかった自分の鈍さに泣きそうになる。
 一向に治まらない喧騒の中、眼鏡の少年が咳払いを落として少女に訊ねた。

「えーと、C組の藤さんだっけ。あのさ、万里の噂って知らない?」
「知ってるよー。勉強もスポーツもからっきしで、面白いくらいの『顔だけくん』って!」

 にこにこきっぱり、花のような笑顔で言い放たれる。
 周囲が一瞬静かになったかと思うと、堰を切ったように爆笑の渦が発生した。

「うははは! ぎゃははははっ、ちょ、ヤバイ腹筋死ぬ!」
「スゲー言い切られた!」
「良かったな万里、ちゃんと中身知ってるらしいぞ!」
「本当のお前に告ってくれてるんだ! すげぇぞ万里!」
「す……素直に喜べない……!」
「何ゼータク言ってんだよ、メッチャかわいい子じゃん!」
「あはは、ありがとー」

 藤 汐里ふじ しおりと名乗ったその少女は、確かに文句のつけようがない美少女だった。
 色素の薄い栗色の髪は発言と同じくらい清々しいストレート。くるくる変わる感情をよく映すつぶらな目と、整いながらも愛嬌のあふれる顔立ち、ほどよく細い健康的なスタイル。
 何より彼女の存在感は、学年どころか学校の中でも群を抜いていた。十でさえ、彼女の顔は知っていたくらいだ。
 存在感があるというのか生命力が強そうというのか、ある日いきなり宇宙人が攻め込んできたとしても、スタッフロールが流れるまでけろっと生き延びていそうな感じがする。真っ先に死にそうだと自負している十としては、とてもではないが敵わない。

「で、どうかなぁ。試しに付き合ってみない?」
「た……ためしって……」
「とりあえずカレカノやってみようよ。それで続かなかったら別れたらいいし。ね?」

 笑顔で提案する藤の方は、実にサバサバしたものだ。
 もはや精も根も尽き果てそうになりながら、十はよろよろと訊ねた。

「……あの、ごめん、そもそも僕のどこがお付き合いを申し込まれるようなことに……」

 当然の疑問に、答えたのは彼女ではなかった。

「え、顔だろ?」
「顔しかねぇよな」
「ああ、顔だな」
「みんなしてひどすぎる!」
「やだなー万里君、何言ってるの。顔だって立派な長所だよ? 胸張ったらいいじゃん」

 あけっぴろげな藤の笑顔にますますダメージを受けて、十は心臓を押さえた。
 なんだかもういっそ泣いてもいいんじゃないだろうかと思うが、泣いても誰も同情してくれなさそうだ。

「うう……人間、大事なのは中身だと主張したい……!」
「え、お前むしろそっちがだめじゃん」
「中間でいきなり全教科赤点とか離れ業かましたしな」
「いやいや、やっぱ球技大会の勇姿だろ。一試合で何回大ポカかましたよ」
「性格もへたれてるしなー」
「まあ面白いけど」
「ああ、面白いな」

 十は声もなく頭を抱えた。
 これは本当なら落ち込むところなのだろうが、なんだか微妙に喜んでしまっている辺り自分でも救いようがないと思う。なにせ面白いなんて評価、高校に入って生まれて初めて与えられたのだ。
 本人がそんな調子なので、先を促したのは別の少年だった。

「ところで、藤さんはなんでこいつと付き合う気になったの?」

 話を軌道修正した眼鏡の少年に、藤は細い指を顎に当てた。

「んーとね、あたし来月誕生日なわけですよ」
「ほう」
「でね、ちょっといろいろパーティーとかあってね。万里君にエスコートしてもらえたら、すっごくおもしろそうだなって思わない?」
「無理!」

 誰よりも早く反射で叫んだ十に、驚いたような視線が集まった。
 なにせ告白されたときでさえ、ここまではっきり答えていないのだ。
 十は蒼白になって、じりじりとあとずさった。

「無理、パーティーとか絶対無理……! そんな華やかなところに出たら死ぬ! 溶ける! 灰になる!」

 大きな目をきょとんと瞬かせ、藤は小首を傾げた。

「んーと。会場、ただのホテルだよ?」
「いやいやいや藤さん、ホテルで誕生日パーティーとかどこのセレブ!」
「いやセレブっつーか金持ちなんだって。あの藤だろ?」
「そうそう、フジコンツェルン」
「ああ、あの! ってマジで!?」
「いやもうだからアノでもソノでもいいけどとにかく無理だってば……!」

 何が「あの」なのかは分からないが、とにかく力の限り逃亡したいという事実に変わりはない。
 今にも背を向けて駆け出しそうな十に、藤は鈴のような笑い声を転ばせて、野次馬の面々に目をやった。

「ほらね? 楽しそうでしょー」
「わあS発言!」
「もしかして割れ鍋に綴じ蓋……!」
「おい万里、ちょっとまじめに考えてみろ」
「勘弁してください! 無理、本当に無理だから! なんかもうホント、ごめんなさい許してください……!」

 じりじりと後ずさり、十は勢いよくきびすを返して、全力で駆け出した。

「あ、逃げた」
「逃げられた。残念」

 あっという間に小さくなる背中を見て、藤がぷくっと頬を膨らませる。
 周囲の少年たちを見上げ、彼女は首をすくめて訊ねた。

「どうかなぁ。無理っぽい?」
「んー、押せば転ぶような気はせんでもない」
「いや無理だろ。万里だし」
「僕も無理だと思う」
「なんつーか、押されたら倒れるくせに起き上がりこぼしみたく落ちなさそうだよな。面白そうだから協力はするけど」
「だな。面白いのは保証する」
「それカンペキ。大前提だもん」

 にんまりと藤が笑う。
 チェシャ猫のようなその笑みは、かわいらしさが余計に不穏さを膨れ上がらせていた。