行く春の頃に

 こういうのも、要領が悪いというんだろうか。
 そんなことを思いながら首を傾げて、左にずり落ちそうになったダンボールの中身を、右に傾くことでどうにかやり過ごした。
 みかん箱と同じくらいの紙箱には、色とりどりのプリントがぎっしりと。次の授業で使うらしいが、どうにも統一性が見当たらない。
 先週ポスター製作が終わったので、多分今度は何か物を製作するのだろうが。

(何をやるんだろう?)

 それにしても、量が量である。普通の教師であるならば、女生徒一人には頼まないだろう。
 階段はどうにかクリアしたものの、いい加減腕がしびれてきた。

「紙屋」

 ひっくり返しても困る。一度降ろそうかと考えていると、不意に、名前を呼ばれて顔を上げた。
 そこでようやく、自分が下ばかり見ていたことに気付く。

(危ないなあ……)

 人にぶつかる前でよかった。
 のんびり考えて、彼女はクラスメイトの少年を見やった。確か、杉野君だっただろう。
 教室からは随分遠い。どうしてここにいるのだろうかと思って、そういえば、と可能性に思い当たる。

「ああ、次、移動教室だっけ」
「いや、次の次……それはどうでもいいんだけど、重そうだな」
「うん。重いよ」

 素直に頷くと、彼が言った。

「持とうか?」

 彼女はきょとんとして、弘貴を見返した。
 あっさりと出てきた言葉に、少しどころかかなり驚いたのだ。

(……びっくりした)

 驚かれた当人は平然としている。
 小学生や中学生の頃ほどではないにしろ、冷やかしにあう風潮は高校にもやはり存在する。
 思い切った様子もなく、照れた様子もなく、それはまるで、困っているなら助けるのが当然だと言いそうな空気で。
 なんだか嬉しくて、笑った。

「ありがとう」

 それが多分、他の誰にでも向けられる優しさだと思ったからこそ、尊敬に近い感情を抱いた。
 当たり前のように優しくすることは、彼女にはとても難しいことだから。

「あ、いや。……えーと、どこ運ぶんだ?」
「美術室」

 答えると、弘貴が段ボール箱を抱え上げた。
 その一瞬に、何か違和感を覚えて、真子は眉根を寄せる。

「……杉野君」
「ん?」
「煙草吸ってる?」

 彼がぎくりとしたのがわかった。

「……えーと」
「やめたほうがいいと思う。一回吸ってみたけど、すごく不味かったよ。健康にも良くないし、評判も下がるし、いいことなしだよね」

 お節介だろうとは思ったが、経験談だ。
 余計なことであっても、相手が癌になったり先生に見つかったりする前に言わなければ意味がない。
 弘貴は呆気にとられた顔で、真子を見た。

「……いや、不味いからって言うならお前、クスリはいいわけ?」
「やってるの?」
「してないけど」
「じゃあ、問題ないよ」

 こめかみを押さえられて、かえって首を傾げる。
 何か変なことを言っただろうか。

「……あのー、紙屋さん? 何だか話ズレてる気がするんですけど」
「……そうかな……」
「いやまあ、うん、自重します。別に好きってほどでもねーし……」

 ごにょごにょと言って、意外性がどうのと呟いていたが、とりあえず真子は胸を撫で下ろした。
 それから、首を傾げる。

 ――どうして私、安心してるんだろう?

 そのまま暫く考え込む。
 隣で弘貴が、怪訝な目を向けてきた。






 それは、桜が散り始めた季節のこと。
 まだほのかな予感でしかない感情は、それでも確かに芽生えていた。