現在地:喫茶店
時間:学校帰り
目の前にあるもの:喫茶店のメニュー、そして。
自称我が姉の彼氏、三條元治。



喫茶店にて




「さー、好きなもの頼んでいいよ」
「・・え、えーと・・・・・はあ」

 ニコニコと。何が面白いのかとても楽しそうに笑って喫茶店のメニューを差し出す三條に、咲は少々間の抜けた声を発した。
 きっちりと咲の目の前に座っているのは、つい先日も姉に「絶対近づくんじゃない」と耳にタコができるほど言われた人物。そう言われたにも拘らず何故咲は三條と共にいるのか。答えは簡単である。話の流れでこうなった。ただそれだけだ。
 学校帰りにばったり三條と会った咲は誘われるがまま、何度か足を運んだことのあるこの喫茶店に入った。そして話は今に至る。
 三條とは前に何度か奢ってもらったこともあるし、よくはしてもらっている。別段困るでもなく、咲は三條についてここまで来たのだが。

(・・・お姉ちゃんにばれたら確実に怒られるよね。・・・ど、どうしよう)

 心中で慌てつつ思う。しかしこの状況は変わるでもなく、目の前の三條はメニューを差し出したままだ。
 三條が勧めた席にちょこんと座って、いつもの慌てている様子から見れば幾分落ち着いた様子で。それでもどうしようか、と多少困っているのは見て取れる表情をしている咲に、三條は相変わらずの笑顔で笑った。

「どしたの、咲ちゃん? 遠慮しないでどーぞどーぞ」
「いや、そう言われても三條さん。・・・もう何回もお姉ちゃんに三條さんと喫茶店に行っちゃダメ、って言われてるんでさすがにそろそろ・・・・・」
「ああ、大丈夫大丈夫」
「だ、大丈夫って・・・!!ばれたら怒られるんで、やっぱり今回はちょっと」
「ばれないばれない。それよりほら。新商品だって、咲ちゃん。咲ちゃんこういうの好きでしょ?」

 なんでこう自信たっぷりに言えるんだろう。
 羨ましいような呆れのような、とても微妙な気持ちで思う。
 しかし三條の言う新商品とやらは、確かに咲好みの代物で。
 ああもうどうしよう。ばれるよね、ばれるかもばれたら怖いしなあなどと心中で呟きつつも、咲はあっさりメニューに手を伸ばした。

「・・・本当、おいしそうですね」
「でしょ? 俺奢るし。なんでも頼んじゃって」
「そうですか・・・?えーと、じゃあ、お言葉に甘えて・・・・・」
「ん。あ、おねーさん、すみませーん!」

 渋々、という割には咲はすぐに折れた。
 そんなに何度も晶に念を押されていたのだろうか、控めな咲の言葉に三條は待ってましたとばかりに店員を呼ぶ。
 ちゃっちゃっとオーダーは済まされてしまい、咲はある意味での三條の手際の良さに少しばかり感心してしまった。

いやー、にしても久しぶりだね。前神坂に釘さされてからだから、どのくらいぶり?」
「・・・そんな大して時間はあいてない、と思いますけど」
「あれ?そうだっけ?」

 頼んだものが来る少しの待ち時間の間、三條は相変わらずの人見知りしない笑みを咲に向ける。姉の言葉を思いだそうにも、この笑みには毒気を抜かれる。
 基本的に悪い人ではないと思う。まあ、今こうやって咲を誘っているのも、姉を落とすための味方を増やそうとしていることは間違いないが。しかし、多少強引ではあるものの、それはそれだけ姉のことが好きだからなのだろう。姉は彼の笑みを真っ先に、それも凄い剣幕で否定するが、 そこまで嫌いになる理由があるのだろうか、とも思う。

(ああ、でもなんか「生理的に嫌いなのよ!あの男ともう一人!!」って言われた気がする。それじゃあ理由もなにもないかなあ)

 三條と話しながらそうこう考えているうち、オーダーしたものが届く。咲の目当てのものはちゃんと届いたのだが、三條が頼んだのはコーヒーのみ。申し訳ないと思い何度か謝っていると、笑って「じゃあ今度神坂と二人っきりにさせてよ。神坂の家で」と笑顔で言われた。その台詞を聞いて慌てる咲に、三條はまた笑ったのだが。
 いただきます、と呟いてから一口食べる。想像していたよりも好みの味に、咲は思わず口許を緩めた。

「・・・いいなあ」
「はい?」
「いやー、まがりなりも神坂の妹によ? そんな嬉しそうにそれ食べてるの見るとさ、奢ってる身としてはなんともいえなく嬉しくなってくるわけさ」
「・・・はあ」
「あ、わかんなかったら別にいーよ、食べて食べて」

 ほらほら、と皿を少しおされる。咲はもう一度はあ、と呟いてからフォークをケーキにさした。
 そうして咲が半分ほどを食べ終わったとき。ほぼコーヒーは飲み干している三條が、なにかに気付いたように顔を上げた。

「あ」
「え?」

 三條が咲の後方を見て声をあげる。声につられて後方、店の外を見ると、苦虫を噛み潰したようにこちらを見て、ずんずんと向かってきている咲の姉が見えた。
 うーわー、と呟く三條。フォークを持ったままかたまる咲。
 晶は少々乱暴に店の扉を開けると、いらっしゃいませ、という店員の声も思い切り無視して、一直線に咲たちのテーブルに来た。

「ちょっと三條!あんた何やってんのよ咲連れ込んで!!」
「よ、神坂。あんな乱暴に扉開けたら店員さん困るだろ?」
「うるさい!咲、あんたも!こいつにはついていくなって何回も言ったでしょうが!!」
「ご、ごめんってば、お姉ちゃん。でもケーキおいしそうだったんだもん・・・」
「食べ物でつられるな!」
「まあまあ神坂。あんまうるさいと周りのお客さんに迷惑だぞ?」
「その原因を作ったのはあんたよ!!」

 噛み付かんばかりの勢いで叫ぶ晶にも三條は物怖じせず。咲はばれちゃったどうしよう、と思うばかりで反論と言える反論もできず。
 とにかく!と晶は無理矢理咲を立たせると、財布から適当に千円を取りだしテーブルにたたき付けた。

「もう咲誘わないでよ。わかった?」
「いーよ、神坂、金なんて。俺奢るし。これ千円もしなかったぞ?」
「いいの!ほら、行くよ咲!!」
「え、ちょっとお姉ちゃん!いくらなんでも酷い・・・」

 ケーキ食べかけなのに!!
 そんな咲の叫び声は晶によってあっさりと無視された。
 晶は咲の腕を掴んでとっとと店から出ようとテーブルを離れる。咲は急いでかばんを掴むと、晶にたたき付けられたお金を見て少し困った様子の三條に向かって叫んだ。

「三條さんすみません!ご馳走様でした!!」
「ん? いえいえ。また遊ぼうね、咲ちゃん」
「やめんかバカ男!!」

 咲を隠すように自身の前に連れて、振り向きもせず晶が怒鳴る。
 カランカランという音と共に、神坂姉妹は店の外へ姿を消した。途端に静かになる店内。
 まるで嵐のように、晶は怒るだけ怒って咲を連れていってしまった。先ほどの強引な晶の様子を思い返す。
 俺もあそこまで強引に行けたらどうにかなんのかなあ。
 一人喫茶店に残された三條は、それ以上培っても仕方がないと思われる強引さを悔いた。

 

 その後神坂姉妹が喫茶店での件について自宅で口論していたのは、彼女たちの両親しか知らない。