10. まだ幕は降ろされない

 そして井島一己という男は、常に爆心地にいるような奴なのである。

 俺は、すっかり油断していた。
 いつも遅刻ぎりぎりまで寝ている片割れが、俺が起きたときには既に家を出ていた時点で、おかしいと思わなければならなかったのだ。

 

「あ、奥野。おはよう。足は大丈夫?」
「井島君! うん、ちょっとひねっただけだから。あの……井島君こそ、大丈夫だった?」
「警察の取り調べが大変だった」
「わあ……お疲れさま……」
「あ。自腹ならカツ丼頼めるって聞いたことあったけど、駄目だった。なんでだろう」
「ふふっ。そうなんだ。井島君らしいね」
「それより、奥野。二巳がごめん」
「えっ! ……な、なにが?」
「俺に遠慮して逃げ回ってたみたいだから、怒っておいた」
「ええ!?」
「あ、遠慮って言うのは、俺が奥野を好きだからってことなんだけど」
「えええ!?」
「とりあえず返事はいらないんですが、よろしくご検討ください」
「え、ええっ……えええええ!?」

 

 ――後半、「え」しか言ってない。

 奥野とのやりとりを一己からの伝聞で教えられた俺は、怒っていいのやら脱力していいのやらで、とりあえず頭を抱える羽目になった。

 やばい。奥野と顔あわせたくねえ。逃げたい。

 せめても人のいない場面を選んだことを褒めるべきなのか。もし真弓やネヴィヤが聞いてみろ、大騒ぎになるのは間違いない。

「……なんっで昨日の話の後で、そんな真似に出るんだお前は……!」

 むしろ、やれるならなぜもっと早く動かなかったのかと問いつめたい。
 今までのもだもだした片思いは一体何だったんだ。できるならさっさとやっておけば、俺がこんなに悩む必要もなかっただろうに。
 ……いや、どっちでも同じかもしれないが。

 俺の心からの慟哭めいたうめきに、一己はしれっと胸を張った。

「とりあえず、同じ土俵に立とうと思って頑張った」
「……つーかお前、さっきのそのまんま言ったわけじゃねえだろ。絶対省略しすぎだろ! 何言ったんだよ!」
「それは……うん、企業秘密」
「照れてんじゃねえよ! ムカつくわその顔! ……くそっ、この、主人公野郎が!」

 きょとんと目を瞬く片割れに、その自覚は、いまだもって存在していなかった。

 

 

 

 かくして本日も、俺は脇役でいられない。
 無理矢理引き込まれた舞台の上。くそったれな片割れが、どうにもそれを許してくれそうにない。

「お前なんぞ、いっそ異世界に召喚されちまえ……!」
「異世界は困るなー。どうやって戻ってこよう」

 ――それがフラグにならないことを、今は心から願うばかりだ。