二卵性双生児である俺の片割れ、
局所的にということは、つまり誰にでもモテるというわけじゃない。
何しろヤツの見た目は至って平々凡々、いわゆるイケメンだとか学園のアイドルとかファンクラブだとか、靴箱開けたらラブレターがあふれだすとか、その手のものには無縁の、ごくありふれた高校生男子だ。少なくとも、外見上は。
それでも
あいつを知ってる奴で、これを否定する奴はいない。
そこには条件が二つある。
一つは、相手がものすごい美少女であること。
もう一つは、惚れられるまでに死にそうな目に遭うこと、だ。
幼稚園の頃から現在に至るまで、失踪だの誘拐だの強盗だの、巻きこまれた事件の数はもはや両手の指を制覇するレベルだ。半端じゃない。
両親など非日常の襲来にすっかり慣れきってしまって、このあいだアルゼンチンに拉致されたときでさえ「あら、またなの」なんて台詞で流していた。
――まあ事実、ヤツは三週間ほどで当たり前のように帰宅してきたのだが。
今後はもうとにかく日本にいようが肌身離さずパスポートを持っていろと、口を酸っぱくして説教したのが俺一人というあたりに、うちの家族のズレっぷりを察していただきたい。よく帰国できたもんだ。
そんな感じで、一己の体験をこと細かに話し始めれば、とんでもないネタ話の出来上がりだ。信じてもらうのは至難の技だろうが、たぶん笑いは取れると思う。
ただ、申し訳ないのだが、これは一己の物語じゃない。
双子の片割れである、この俺、
……まったくもって、俺には不本意なことに。
ベッドでぬくぬくと惰眠をむさぼっていた俺は、突如腹の辺りに飛び乗ってきた重みに、潰されたカエルの心境を疑似体験することとなった。
「G'morning、カズキ! いい朝ねっ」
よしOK、その一言ですべてを理解した。邪魔者である俺を圧死させたくてやっているわけではなかったようだ。
俺はなんとか布団から顔を出すと、腹の上に馬乗りになった女を見上げた。
ふわふわしたハニーブロンドと勝ち気な青い目。ビスクドールのような完成された美貌の少女は、その上機嫌な顔を、とたんにしかめ面に変えた。
「……あら、ニキ。なんであなたがいるの?」
ニキ、というのは俺のことだ。
俺の
あだ名の由来はともかく――俺は心底うんざりしながら、少女に答えた。
「答えは簡単だ、ネヴィヤ。一己の部屋は隣だからな……!」
「なんですって!? だってプレートがかかってたのよ!」
理不尽なことをがなりたてるネヴィヤを押しのけ、俺は部屋の外に出た。
眠気の抜けない頭で部屋の扉を確認する。
確かにネヴィヤの言う通り。見覚えのないネームプレートが、えらくダイナミックな見覚えのある字で、ここは一己の部屋だと主張していた。
――こんなアホな真似、やるのはあいつしかいない。
犯人に思い当たってこめかみを押さえたとき、甲高い声が狭い廊下に響いた。
「あーっ、やっぱり! 朝っぱらから何してんのよ、あんた!」
「マユミ……!? はかったわね!?」
「ふん、こんなこともあろうかと用意しておいたのよ」
黒髪をポニーテールにした
用意というのは俺を人身御供に差し出すってことか。お前も朝っぱらから人んちで何やってんだ。
ツッコミどころだらけの行動はさておき、こいつもネヴィヤに負けず劣らずの美少女だ。
つまり、一己に惚れている。
スタイルこそ凹凸に乏しいものの、純和風の涼やかな顔立ちとスレンダーな体の魅力は決してネヴィヤに負けていない。口うるさいのが玉に瑕だが、野郎どもの人気もネヴィヤと拮抗状態の、紛れもない美少女だ。
「まったく、油断も隙もないわ……! どういう神経よ、朝っぱらから寝こみを襲うなんて!」
「邪魔しないでよマユミ、恋人に会いにきて何が悪いって言うの!?」
「だっれっが、恋人よ! ホラ吹いてんじゃないわよ!」
「あなたこそ、一体何の権利があってカズキに会いに来てるのよ!」
「あたしはいいのよ、幼馴染みなんだから!」
こいつの幼なじみというカテゴリーに、俺は入っていないとでもいうのだろうか。さっき恋敵に俺を差し出しやがったよな?
外見だけならいずれも甲乙つけがたい美少女なのだが、ぎゃあぎゃあと言いあう声は甲高くて寝起きの頭に響く。楽しく眺めていられるほど、俺の懐は深くない。
むしろ心底勘弁してほしい。朝っぱらから、なんてテンションの高い連中だ。またご近所さんから苦情が来る。
俺はぐりぐりとこめかみを揉むと、深々とため息を吐き、隣の部屋に足を踏みいれた。
まだ布団に包まっている一己を問答無用で引き落とす。
太平楽な顔が、もぞもぞと布団から出てきた。
双子といっても二卵性で、こいつは父親似だ。俺とはあまり似ていない。
「……なに、二巳」
「うるせぇ。暢気に寝てんじゃねえよ、あいつら黙らせろ」
「……は?」
寝ぼけ眼が、バタバタと駆け込んできた日米の美少女二人に向かう。
二人がキッと一己を睨んだ。
「ねえカズキ、マユミよりあたしの方が美人よね!?」
「……へ?」
「別にそんなこと誰も張りあってないわよ! あんたの存在自体が迷惑だって言ってんの!」
「あら、自信がないのね? なら引っ込んでなさいよ」
「……あ、あんたって女は……! ちょっと一己! ビシッと言ってやんなさい、ビシッと!」
「……えーと」
ぼんやりと二人を見ていた一己が、後ろ頭を掻いた。
「なに、喧嘩してんの?」
「け……喧嘩っていうか……!」
「違うわ、カズキ! マユミがあたしをいじめるの!」
「はあ!? どの口でほざくかこのメリケン!」
「まーまー、二人とも……ああ、もしかしてこれ、私のために争わないでーとか言うとこ?」
「言わんでいいっ!」
さらに大きくなった騒ぎに背を向けて、俺は朝飯に向かった。
そのうち、二人のクロスカウンターがなぜだか一己に炸裂して、収束することだろう。
毎度毎度、騒ぐだけ騒がれても最終的に被害を受けるのは一己なのだ。
正直言って、羨ましくもなんともない。あれを羨ましがる命知らずなクラスメイトどもの気持ちなんて、全くもってわかるわけがない。
俺が今現在、女にあまり興味を持てないのは、この面倒くさい騒ぎを子供の頃からみてるせいだろう。
女という存在は俺の中で災難とイコールだ。
ダチと馬鹿やったり数字をいじってたりするほうが方が、よっぽど楽しい。
――このときの俺は、まだ知らなかった。
他でもない俺が、その面倒ごとで頭を悩ませるはめになることを。