07. Rights cannot die.

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 仕上げの準備は整った。

 ポートターミナルは普段どおりのざわめきに包まれていた。時折響く出航の汽笛が体の芯を震わせる。 遁刑犯 フュジティブの逃走騒ぎに慣れている湾口のスタッフは、いつにない雰囲気に神経を尖らせながらも、きわめて自然に各々の仕事をしていた。

 事件から三日。新聞は大々的にヤリ=スーレ・フラーの逮捕を報じた。警察は首相暗殺事件との関連性をはっきりと認め、ありとあらゆる微罪を訴追することで首謀者を炙り出すと豪語した。

 消極的ながら賛同する論調もあれば批判的な意見を掲載した紙もあったが、どの新聞にも共通して、事件の膨大な情報と、これからの展開の予測がずらりと並べられた。――ただ一点、逮捕者の罪状だけをぼかして。

 両脇の椅子の背に肘を乗せ、グウィードが火をつけない煙草をゆらゆらと揺らしていると、黒縁眼鏡の警官が足早に寄ってきた。

「警部、配置完了しました」

「ああ」

 グウィードは短く答え、時計に目をやった。

「来ますかね」

「さあな。来なかったら褒めてやってもいい」

 顔をしかめた部下が、たしなめるようにグウィードを見た。これだけの人員を動かして空振りとなれば、また上がうるさい。

 グウィードは肩をそびやかせた。

「来るさ。あの手の連中はどいつもこいつも保身に必死だ。どこぞのくそインテリも、三日後までローマに出なかった」

 すでに被疑者は特定された。欲しいのは、逃げたという事実だ。

 十二月二十六日。降誕祭より一夜明けたばかりだ。神父が国外に高飛びする理由などそうありはしない。その時点で、黒の印象は揺るぎなくなるだろう。

 後は 訴追弁護士 リット・アターニーの仕事だ。ダグラスの遺族が大枚を叩き、優秀なベテランを雇って待っている。

 自動覚知がなされなかった以上、一審で無罪が出るのはほぼ間違いないが、法精霊によって事実関係が白日の元に晒される。首謀者の行為は果たして教唆であったのか――その法解釈を行うのは、二審からで十分だ。

 そして事件は終わりを告げる。

 だが、それが果たして、本当に 終わり 、、、であるのか――グウィードには疑わしく思えた。

 おそらく威嚇にはなるだろう。しかし国内秩序法という爆弾を抱えている以上、使命とやらを感じた思想家は、間違いなく、再び現れる。

 今回は外れの容疑者となった政治家か、教授か――あるいは全く違う人間か、それはわからない。扇動が取り締まられる以上、多少は手足を縛られるだろうが、法と犯罪は常に抜きつ抜かれつの関係だ。どんなに押さえ込もうとも、いや、押さえれば押さえるほど、人は新しい形を見つけ出して、その抑圧に抗うだろう。

 ――その芽を摘み取る立場として、複雑な思いを抱かないわけではないが。

「……正攻法、なあ」

「え?」

 部下がいぶかしげに聞き返した。

 グウィードは答えず、窓の外に広がる水平線を見ていた。薄く晴れ渡った空との境目を主張するように、波打つ青がちらちらと白い光を弾いて目を刺す。

 それは美しく、平凡で、平穏な光景だった。

「来ました。神父です」

 緊迫した声が耳打ちする。

 グウィードはゆっくりと口角を持ち上げ、席を立った。

「行くぞ。幕引きの始まりだ」