性悪神官と若獅子の見合い

ギーとフィフィナ

「なんだ、泣いてるのか?」
 急に降ってきた声に、うずくまっていたフィフィナは打たれたように顔を上げた。
 城の庭のはずれだ。誰もいないだろうと思っていたから、驚いて声も出ない。
 こちらを見下ろしているのは、同じ年頃の幼い少年だった。思わず見入ってしまうくらい綺麗な黄金色の瞳。それ以上に印象的だったのは、躊躇のないまっすぐな視線だった。
「おこられたのか? それともいじめられたか?」
「ち、ちが」
 あわてて首を振ると、びっくりして止まっていた涙がこぼれ落ちた。
 みっともなさに顔を伏せる。恥ずかしくて、声がうわずった。
「み、みんなには、だまってて」
 失敗したと思う以上に、寂しさが口をついて出た。
「どうして」
「だって、きらわれちゃう……」
 少年はおかしな顔をして首をひねった。それでも祈るような思いが通じたのか、彼はややあってうなずいた。
「わかった。なら来い」
「えっ」
 言うが早いか腕を掴まれて立ち上がらせられる。目を白黒させるフィフィナに、少年は屈託のない笑顔で言った。
「いいものを見せてやる」


  引っ張り出されたのは庭の端の、一番高い場所にある木だった。後込みするフィフィナに少年は足の置き方やら体重のかけ方やら枝の選び方やらを実地訓練で懇切丁寧に教え込んだ。
 生来の負けん気を思い出したフィフィナが、擦り傷を作りながらも城下を一望できる場所まで登り着くと、少年は笑ってフィフィナの頭をぐしゃぐしゃと撫でたのだ。
 ――なかなか根性があるな。おれはけっこう好きだぞ、お前みたいなやつ。
 促されて見下ろした世界はとても広かった。夕焼けに赤く染まる町にはこんなに遠いのに人の暮らしの気配がして、泣きたくなるくらいに美しかった。同じ感想を抱いたらしい少年が、ラクイラには負けるけどなと付け加えたのを聞いて、ちょっとむっとしたくらいに。
 この国を、好きになりたいと思った。彼のように自慢げに話せるようになりたいと。
 きっとそのとき初めて、フィフィナは「王女」になったのだ。


「フィフィナ、そこで何をしている」
 潜められた声が耳に届いて、フィフィナは地上を見下ろした。辺りは宵闇に包まれて、遠い明かりがその輪郭を浮かび上がらせる程度だ。暗がりに慣れた目に、不機嫌な青年の顔が見えた。
「気でも触れたか。誰かに見とがめられる前に降りてこい」
 苛立ちと困惑がない交ぜになった声は、異母兄のものだ。王妃がまだ存命であったころに、王が別の女に生ませた娘――物心つく前に城に召し上げられた妹を、彼は幼い頃から疎んじていた。
 十年前とは違う。フィフィナは容姿も作法も完璧な、聡明な王女として己の地位を確立しているのだ。こんな場面を侍女が見たら、悲鳴どころの騒ぎではないだろう。兄の言葉は決して大げさなものではなかった。
 夜風が心地よい。
 虚脱した苦笑で、フィフィナは兄を見下ろした。
「お兄様、わたし、振られてしまいました」
「……知っている。だから何だ」
「すごくすごく好きな人だったんです。傷心の妹に慰めのお言葉をくださいませんか?」
 兄が何とも言えない顔の歪めかたをするので、フィフィナはくすくすと笑った。
 鈴を転がすような声に苦り切った顔をしていた兄は、眉間にしわを寄せたまま、盛大な舌打ちをした。
「考えてやるから、先に降りて来い」
 フィフィナは目を丸くして、それから、はい、と微笑んだ。
 こんな風に甘えてみせるのは何年ぶりだろう。望むと望まざるとに関わらず作られた茨の壁。それはきっと、フィフィナが兄の元を離れて初めて、すこしだけ隙間を作るものなのだと思っていた。
 けれど、そうではないのだ。
 幼い頃に払われた手は、今、確かに差し出されている。

アヤリとギー

 差し出されたギルバートの手のひらに傷跡を見つけて、アヤリは苦い色を見せた。
「何だ?」
「いえ……跡、残りましたね」
「ああ、これか。構わないだろう。男だしな」
 ギルバートは思い出したように手のひらをひっくり返し、何でもないことのようにひらひらと振った。
「気になるか?」
「……というより、不可解です。怪我をしてまでヒナを説得するとか何を考えていたんだろうかと」
「お前が気に入ってる奴で、お前を気に入ってる奴だろう。これくらいですむなら安い」
「何というのか、こう、見るたびにそちらの内務卿に釘をさされている気分になります」
「考えすぎだ」
 あっさりと言い切ったギルバートは、ふと面白いことを思いついたようにアヤリを見た。
「そんなに気になるなら、責任を取るか?」
「は?」
「傷物として婿に取ってくれてもいいぞ」
「しつこいですよ! 人が真剣に悪かったと思ってるのに!」
「俺も真剣だ」
「なおさらたちが悪い!」

隊長と恋人

※第二神官長の大甥な隊長と魔法技術室の技師長の二人

「誕生日おめでとう、コトノ。これを貰ってくれないか」
「あら……指輪?」
「ああ。その、手を……」
(にっこり)「ありがとう、ダイカ。つけてみてもいいかしら?」
「え? ああ……って何の躊躇もなく右手につけるな――!」
「あら、だって私、利き手が左なんだもの。仕事に差し支えるでしょう?」
「あ……そ、そうか」
「ふふ、ありがとう。大事にするわね」
「ああ……」


「あれ、なんか隊長が落ち込んでる」
「本当だ、スゲー落ち込んでる」
「今度は何だ? 何やったんだコトノ技師長」
「指輪を贈ったら左につけてくれなかったんだってさ」
「……回りくどいことしてんなー」
「でもバッサリ切られてもそれはそれで泣くだろ」
「がんばれたいちょー、そのへこんだ姿を愛でてる女官もいるらしいぞー」

アヤリとマヒト

「どうだい、すごいだろう?」
 ずいぶんとえらそうに胸を反らした、元夫候補の現魔法技師(下っ端)に、アヤリはどう反応したものかしばし迷った。
「……どうだと言われても。何ですか、これ」
「魔法具以外の何かに見えるかな」
「耳飾りですね」
「……そ、れはそうだが! 見ればわかるだろう、ただの装飾品にわざわざギアノは使わない!」
「ああ、ギアノなんですか、これ」
 卓上に置かれたのは、見た目だけなら耳飾りだ。琥珀に似た石を据えた台座から、金属のフックのようなものが伸びている。
「それで、効能は?」
「薬草のようなことを言わないでくれないか。……聞いて驚くといい、転移の妨害術式だよ」
 目を丸くしたアヤリに、マヒトは得意げに目を細めた。
 最初の試作品が一抱えもある銀盤だっただけに、このサイズは驚きだ。
「それはすごい。ギアノ様々ですね」
「くっ……! どうしてそこで僕を誉めないんだ……!」
「で、どういった理屈なんです?」
「発想の転換だよ。座標を動かそうとする術式を動かさないんじゃなくて、術式がかかる対象を現座標に固定するようにした」
「…………」
「なんだい、その顔」
「……あたかも幼子を左右から引っ張るような……大丈夫なんですか、それ。実験終わってます?」
「申し訳ございません。まだこれからなんですよ」
 扉口からおっとりした声が答えた。
 目に見えてぎくりとしたマヒトに、魔法技術室の技師長は、にこにこうふふと頬に手を当てて小首を傾げて見せた。
「もう、困った子ね、試作品を勝手に持ち出したりして。いい加減にしないとすりつぶして触媒に使いますよ?
 ――何をだ。
 とてつもなくグロテスクな脅しをさらっと口にしたような気がしたが、気のせいだろう。
 元求婚者現魔法技師見習いの顔色が青を通り越しているのもきっと気のせいだろう。
 ひとつうなずき、アヤリは言った。
「ではマヒト卿。頑張ってください」
「あっさり見捨てるな――!」
 半泣きの悲鳴を残しつつ執務室から引きずり出されたマヒトに、アヤリはひらひらと手を振った。

アヤリと父

 娘が生まれた瞬間の、あの言葉にできない喜びはよく覚えている。
 《祝福》を受けた神の裔である妻は当然のように大した苦労のない安産だったというが、中に入れてもらえず気を揉んでいた父親としては、ひたすらにうろたえるほかない時間である。元気な泣き声を聞いたときには、本当に膝が崩れた。
 おそるおそる抱かせてもらった赤子の、暖かい重みをよく覚えている。
 あまりにも幸福で、愛しくて、このまま死んでもいいと思った。馬鹿を言うなと妻にしかめ面をされたのも気にならなくて、ありがとうございますと何度も嗚咽混じりに繰り返した。

 あの日がきっと、人生で最上の日だったのだと思う。

 

「アヤリさん」
 月の明るい晩だった。
 庭の四阿でぼんやりと気を抜いていたアヤリが、父の呼びかけに振り返る。そのときにはもう、母譲りのその目に感傷は伺えない。驚いたと言いたげに肩をすくめ、アヤリは父に席を勧めた。
「めずらしいですね、父上。どうされました?」
「うん。ギルバート王子を追い返したって聞きましたから」
「……まさか父上まであの人を勧める気ですか。大体、追い返せていません。どこぞの猊下のおかげで否応なしに顔を合わせられました」
「はは、それで避難していたんですか」
 不機嫌そうな娘の顔に目を細め、父はよいしょと声を出して娘の隣に腰を下ろした。
 空には満点の月。
 あざやかなその明るさは、まるでこの国の《神后》のようだ。沈黙のまま二人、その月を見上げていたが、不意に父が言った。
「アヤリさん。僕はね、人生で一番幸せだと思ったのは、あなたが生まれたときでした」
 穏やかな父の笑顔を、アヤリはちらりと見た。
「分不相応だってわかってましたから、ずいぶん悩みました。だけど、どうしても諦められなかった。……諦めなくてよかったと思ったのは、あなたが生まれたときです」
 アヤリは盛大なため息を吐いた。
「私はあの人と結婚するとしたら、それが諦めなんですが」
「ははは。まあ、あんまり意地を張りすぎないでくださいね」
 張っていません、と予想通りの返答を受けて、父は朗らかに笑った。

異邦人

※もしも女子高生があの世界に異世界召還されたらネタ

 後から考えれば、それはまさに「不思議の国のアリス」だった。
 ――そう。後から考えれば、だ。

 つまるところ、真っ暗な穴を落ちている最中は、それどころじゃなかったんだけどね!

「っぎゃ――――――!」

 非常に乙女らしくない悲鳴を上げつつ落下していくのは、不肖わたくし高木椿。十六歳の花真っ盛りな高校一年生でございます。
 ともあれ現状を報告!
 右も左もわからない真っ暗な穴。それを確認できる程度の長さ、つまり深さをひたすら重力に引かれて落下している状況なんだけど、ちょっとこれおかしいでしょ。ペットボトルを踏みつけてすってんころりん、そこまではいい。その先はおかしい。部室棟の階段から落ちたはずなのにどこよここ!

 それよりなにより。息が続くまで叫んだ後、まだ落ちてることに気づいて血の気が引いた。
 ……ちょっとちょっと。深いよちょっと。洒落にならないくらい深いよ。一体どれだけ落ちる気だ。十階から飛び降りても八秒で地面に到着って聞いたよどこかで!

「ししし死ぬ! マジで死ぬ! やだやだやだ冗談じゃないってかなんでこんなことに! イヤー誰か助けてー!」

 と、叫んだ瞬間、ぽいっとばかり急に明るい場所へ放り出された。
 思い切り尻餅をついたけど、とりあえず死ぬほど痛いってわけじゃない。ほっとしたと同時に愚痴がこぼれた。

「いったー……あーもーなんなの、何がどうなって」

 顔をしかめてぼやいたとき、顎の下で何かが交錯した。

「……へ?」

 見下ろせば、よく磨かれた金属の棒。
 呆然とした頭でその名称を考えた。

(えーと、あれ、あれだよ、えーと……そう、槍!)

「って槍ィ!? えっちょっまっ」
「動くな!」

 野太い声に叱られて、思わず首をすくめた。なんだなんだ、なんなんだ。
 なにが何だかよくわからないまま顔を上げたら、軽く目を瞠った美女と目が合った。
 思わずあんぐり口をあけてしまったあたしを、一体誰が責められるだろう。

 そりゃもう、美人だった。「美女」という言葉におさまりきらない美人だった。決して若くはないのに、重ねた年月さえも美しさになるくらいに。その存在感といったら、そんじょそこらの芸能人とは比べることすら間違ってるってくらいの完璧さ。

「す……」
「ん?」
「すっ……ごい美人……!」

 わかってるから突っ込まないで! だってつい出ちゃったんだよ! 興奮もするよ!
 はじめてみたこんな美人! すごいすごすぎる、目の保養ってどころじゃない! マジ眼福!

 しっぽがあったらはちきれんばかりに振るくらいの勢いでガン見していると、美女が笑みをこぼした。

「面白い娘だな。どこから来た?」
「太陽系第三惑星地球日本国鳥取県出身です! ところでここは天国ですか地獄ですか! できれば前者希望なんですが!」
「何をわけのわからぬことを!」

 そういって怒ったのは兵士らしき人。
 ……えーと。これってつまり、やっぱアレか。異世界に迷い込んだとかそういうオチですか。
 わはは、いやちょっとそれはどうよ、ありえねー。親が死んで借金背負うことになって身売りなんて展開よりありえねー。借金ならソッコー相続放棄って今日び中学生でも知ってるけどさ、これはどう対処したらいいのよ。無理無理無理。実家に帰らせていただきます! っつーかおうち帰してー!!
 よりによってこのタイミングってなんなの! 明日Jリーグ開幕だよ!? しかもホームだよ!? 今年こそ昇格するぜって意気込んでたのに冗談じゃないよ冗談じゃ!

 がっくりうなだれて、あたしは声を絞り出した。

「……まいごです……! なんでもするから明日までに帰してくださいッ!」

サキとリド

 初めて彼女を見たとき、高嶺の花という言葉を思い出した。
 それはおおよそ正確な感想だったのだろう。
 高位神官のご令嬢。恐ろしく合理主義の貫かれた神殿において出生は出世に直結しないが、彼女は《星》の侍従でもあった。
 人目を惹く美貌に、つんと取り澄ました空気。 けれどどこか稚い反応を見せることもあって、そんな彼女が気を許すそぶりを見せてくれたことが、ひどく嬉しかったのを覚えている。

「あ、サキ嬢。ちょうどよかっ……」
 城の一角で彼女の姿を見かけ、思わず呼び止めたリドは、振り返った彼女のおどろおどろしい表情に思わずそのまま固まった。
 これが夜中だったら妖怪か何かと間違えるところだ。話しかけてしまったことをそこはかとなく後悔しながら、彼は引け腰に訊ねた。
「ど、どうしたんですか? その、ずいぶん顔色が悪いようですけど……」
「……………なんでもありませんわ」
 どう聞いても言葉とは裏腹の沈黙が挟まれたが、首を突っ込めば蛇が出てきそうだ。リドがだらだらと汗を流して固まっていると、サキは鬱憤をしみ込ませたようなため息を長々と吐いた。
「少し小娘どもの思慮のなさに苛立っているだけでしてよ」
「えっ」
「聞き流しなさい。それより、何か御用かしら」
「あ、いえ、用というほどのことじゃ、ないんですが……その、これを」
 差し出されたガラスの瓶に、サキは怪訝そうな目を向けた。
「シャボン玉の液です」
「……え?」
「あの、先日気になっていらっしゃったようだったので……」
 城の中庭で子供が遊んでいたものだ。彼女の知識にあるのはせいぜいが石鹸水を使ったものだったようで、その大きさに目を丸くしていた。専用の液があるのだと話せば、盛大に呆れた顔を見せていたのだが。
 リドが恐る恐る反応をうかがっていると、彼女はますます眉根を寄せた。
「わたくし、シャボン玉遊びをするほど幼くはないのだけれど」
「そっ、そうですよね! すみません!」
「……まあ、そうまで言うなら付き合って差し上げてもよくてよ」
「え」
 くるりと背中を向けた彼女が、すたすたと歩いていく。
 ――どうやら、喜んでもらえたらしい。
 素直ではない態度を見て、リドは笑みをかみ殺しながら、足を急がせた。

アヤリ娘とフィフィナ娘

「トキワ。わたくしはね、敬われたいの。褒め称えられたいの。ちやほやされたいの!」

 フェリア・ウルグスティアが母譲りの玲瓏な声でそんなぶっちゃけたことを言い放ったのは、神殿の西奥にある日当たりの良い東屋でのことだった。
 聞き手はトキワという、彼女よりも三つ年下の少女である。現《神后》の実子である幼子は、きょとんと目を丸くして美貌の姫君を見上げた。

「そのために必要な努力なら惜しまないわ。政治も経済も軍事や魔法だって幅広く学ぶし容姿に磨きをかけることも怠らなくてよ。せっかくわたくしにこの国の至尊の地位にのぼりつめる資格があるのだもの。ましてや猊下は実力重視の賢皇。わたくしは、必ずや《神后》の座を手に入れてみせるわ!」

 拳を握りしめての堂々たる宣言である。
 そんな年上の姫君にトキワは笑顔を見せ、頓着のない拍手を贈った。

「すてきですね。フェリアならできると思います」
「……トキワ。わかっているのかしら。わたくしはあなたのライバルになると言っているのよ」
「ええ、もちろん。とっても応援してます」

 目を瞬くフェリアに、トキワはにこにこと言った。

「あんまり政治ってすきじゃないなーって思ってたんです。むしろ私、魔法技師になりたいです。フェリアならぜったい、いい《神后》になりますもん。猊下も納得なさいますよ」
「……そ、そうかしら」
「フェリアはほんとに猊下のことだいすきですねえ」
「当然よ! あんな素晴らしい方は他にいらっしゃらないわ!」
「でも、いくつか政策の考えが合わないって言ってませんでした?」
「まあ……そうね。ギアノに関しては神殿の関与を薄める時期に来ていると思うわ。もちろん、猊下がわたくしの知らない事情をご配慮なさっているのかもしれないとは思うけれど」

 にっこりと、父親に似た顔立ちに母親譲りの食えない笑みを浮かべ、《神后》の娘はあっけらかんと言った。

「だからね、フェリアならいいんじゃないかなあと思うわけですよ」
「そっ……そういうことなら、協力させてあげてもよろしくてよ」
「しますします。それでわたしは一流の魔法技師になって、マヒトおじさまをお嫁さんに貰います」
「……えぇえええっ!? え、な、あなた……!」
「そういうわけなので、協力してくださいねー、 フェリア」

続・異邦人

 ハイどーもどーもよいこのみんな、高木椿です! ただいま異世界で迷子中、帰り道はどっちだこのやろう、よりによってこのタイミングでなにしてくれとんじゃー!! くっそ召還とかしやがったんだったらただじゃおかねぇ! でも召還じゃなかったら帰れないかも! 最悪だ!

 ところで最初に出会った女王様、印象のとおりにえらいひとだったよーです。なんて幸運。
 香るような笑い声にぽーっとしてしまいましたよ、ええ。うっかり忠誠誓いそうになった。危ない。私は帰るよ帰るんです帰るんだったらお願い帰してー! 開幕戦がー! 開幕戦がぁああああ!

 ともあれそのお方、上から下まで私を眺めて、えっらく愉しげにおっしゃったわけです。

「面白いから、あやつに任せるか」

 あやつって誰ですか!

 

 引っ立てられてつれていかれたのは、打って変わって地味な人のところでした。
 年齢は私とそんなに変わらないんじゃないかな。落ち着いてるけど十代だと思う。この人もえらい人っぽいけど。
 兵士さんの説明を聞いて、彼女はこの上なくビッミョーな顔でため息をついた。うん、気持ちは分かるよ!

「あの方はまた、妙なものを拾われて……」

 妙なものですみません。えーっと何これ、別になんにも歓迎されてない?
 ってか引っ立てられてるしね! やばいんじゃないの私!

「それで、太陽系第三惑星地球の日本国からお越しのお嬢さん。あなたの目的はなんですか?」
「ここに来た目的なら一切ないです! 不可抗力です! っていうか異世界なんてあると思ってませんでした本気で!」
「こちらも同様です。正直信じがたいのですが、あなたの所有物の技術レベルにずいぶんと差がありますからね。残念ながらある程度の信憑性があります」
「え、どれ?」
「たとえばこの布」
「ふ、ふっつーのハンドタオルだけど?」
「つまりあなたの国ではこのようなものが市民レベルで簡単に手に入ると」
「ま、まあそう、かな?」
「……ふむ」

 顎をつまむ仕草が様になるのはどうかと思います。年齢おんなじくらいなのに。

「吸水性を向上させるために綿糸の輪を表面に作るという加工ですね。非常に均一なつくりです、こちらであれば熟練工が数日がかりで作るようなものですね」
「え、いや多分工場で機械がばばーっと作ってるんじゃないかと」
「つまり、人手によるものではない?」
「……えーと、多分……?」

 曖昧だけどお許しいただきたいわけです。だって知らないよそんなの! でも手作りだったらもっと高い気がする。たぶん。

「さらにこの鞄」
「はあ」
「光沢が強く防水性の高い材質もそうですが、極めつけはこの閉じ口です」
「え、ただのファスナーだけど」
「均一性という点ではこの金属部品も相当なものですね。金属をかみ合わせて繰り返しの開閉が可能である上に、非常に動きがスムーズです。おそらくこの国で同様のものを制作するのは、現時点では不可能でしょう」
「はー」

 へええええ。ファスナーってそんなすごいものだったんだー。ファンタジー系のRPGとかでけっこー出てくるのに。
 気の抜けた反応をしてしまったら、彼女はため息を吐いて手を組み合わせた。
 あ、なんかえらい人っぽいですねその仕草。エヴァのお父さん思い出すね。あたしリアルタイムじゃないけど。

「さて、以上をふまえた上でお聞きします。あなたの目的は何ですか」
「いやだから何もないんですが!」
「では質問を替えましょう。あなたの国に王室はありますか?」
「に、にたよーなのなら」
「その王室の城に侵入した身元不明の不審な人物がいたとしたら、どういった扱いをうけるでしょうね」

 ……確実にとっつかまって親呼び出しだね! 下手したら退学ですね! ってーかもしかしなくても逮捕されて牢屋に入れられるんじゃないかなつまりファンタジー的にも大問題ってこと!? つか人権とかどーなってんだ! まさか打ち首獄門!?

「べ、べべべんごしを呼んでくださいー!」

 はたして弁護士がいるのか、というかそもそも裁判制が存在するのか。
 ちょっと洒落にならない状況なんですが、誰かお願い助けてください!

猊下と司書

 時の《星》であるツクヨは二十歳の若さにして、既に完璧を代名詞としていた。
 彼女はすべてを兼ね備えていた。神が細やかに作り上げたかのような畏怖さえ覚えさせるほどの美貌、鋭い判断力と深い思慮。自信に裏打ちされた剛胆さ。歴史に残る名君となることを誰もが期待する、類い希なる存在。
 体の強くない《神后》に代わり、執務のほとんどをその繊手に抱えるそんな彼女でも、四六時中気を張っているわけではない。

 もう自らの皮膚にも近い幻想を、与える必要のない場所。
 彼女にとって、それは神殿の特別書架の片隅だった。

 

 クッションのきいたお気に入りの椅子を持ち込んで、この国の至尊の存在は、うつらうつらしながらとりとめなく話をする。
 その話し相手になっていたのは、うだつの上がらない青年司書だった。
 要領のいい男ではないが、不思議と居心地のいい受け答えをする神官で、ツクヨは仕事をしながら応える彼の声を聞くのが好きだった。おそらく、内容はあまり意味を持たないのだ。利害や深い意味を考えなくともいいのだと、そう信じられることがなにより重要だった。

 その日の話題はあまり面白いものではなかった。並み居る求婚者のうちの一人が妙な動きをしていたのだ。
 懸念混じりの話を聞くとはなしに聞いた彼は、のほんとした顔で笑って見せた。

「星下はとても魅力的な方ですから。みんなあなたが大好きなんですよ」

 いろいろな省略を含んだ平たい言葉は、事実よりもとても優しかった。
 その朴訥とした顔を見て、ツクヨはいたずらげに微笑む。

「なんだ、そなたは例外か?」
「え、ええっ!? ぼ、僕ですか!? そんな畏れ多い……!」

 わたわたとあわてるタダトキの反応に、ツクヨは楽しげな笑い声を上げた。
 まったくもって期待通りだ。素直で何よりである。
 遊ばれている自覚はあるらしい神官は、丸い顔を赤くしたまま視線をさまよわせた。

「そ、それに、あの、許嫁がいますし……やっぱりそういうのは、不誠実な気がしますから……」
「なんだ、そうか」

 ツクヨはがっかりした顔を作って頬杖をついた。
 許嫁という言葉を口にした瞬間、男がわずかに見せた翳りには気づかない振りをした。大体の予想はできたからだ。

「何という名だ?」
「リノといいます。財務府の神官なんですが、僕よりずっとしっかりした人ですよ」
「……それはちょうどいいな」

 タダトキが眉尻を下げて笑う。
 沈黙を挟んでしまったのは、その名に聞き覚えがあったからだ。
 ――財務府の優秀な神官。野心も相応に強いだろう。
 懸念を払って、ツクヨは笑みを見せた。

「そなたには世話になっているからな。結婚の折には何か下賜してやる。夫の面目も立つというものだろう?」
「うわあ……恐縮すぎて怖いですよ……」

 

 くだんの許嫁が、別の男と結婚することになったと噂で聞いたのは、季節が夏になる前だった。

 久しぶりに会うタダトキは、ツクヨを見て、少し困ったような苦笑を見せた。
 ツクヨの顔で、話が伝わっていることに気づいてしまったのだろう。
 許嫁がこの男を捨てて選んだのは、司法府の期待を一身に背負う神官だった。周囲も苦笑混じりにあれは仕方がないと言わんばかりの反応で、当事者であるタダトキ自身も、特に事を荒立てることなく身を引いたと聞いている。

 確かに出世はしないだろう。お人好しそのもので影が薄く、いいように使われるばかりで敵も味方も少ない男だ。
 それでも、この男の価値はそんなところにあるのではないのだと、ツクヨは確信していた。

「こんな時に言うのは弱みにつけ込むようで好かないが、先を越されても嫌だから言っておく」
「え? はい、なんでしょう」
「そなた、私のものにならないか?」

 しばし沈黙が流れた。きょとんとしていたタダトキが、ようやくうろたえた悲鳴を上げる。

「え……えええええ!?」
「なんだ、そこまで驚くことはないだろう」
「あ、いや、申し訳ありません! 部下にならないかってことですよね! で、でも僕、あんまり役に立たな……」
「阿呆。人手は足りている」

 予想通りもここまでくると感心するほかない。
 男の勘違いに修正を入れ、ツクヨはひたすら混乱し続けるタダトキを真正面から見据えた。

「私が欲しいのは、そなた自身だ。他はいらぬ。よこす気はないか?」

 真っ赤になって絶句するタダトキに、本気で気づいていなかったのかと肩を落としたくなった。
 不機嫌に顔をしかめるツクヨに怯えるようにしながら、それでもタダトキは目をそらそうとはしなかった。
 この男は小心である割に、人の目を見るときはまっすぐに見返してくる。
 その素直なところが好ましいのだと、どうしたら伝わるだろう。

「同情でも気遣いでも何でもない。単なる私のわがままだ」
「あ、う、その……ええ? で、でも、僕なんかが皇配にだなんて」
「ふさわしいかふさわしくないかではない。愛していると言っているのだから、嫌かどうかだけ答えぬか」
「ああああああいってそそそんな! ええ!?」

 あり得ない事を聞いたと言わんばかりの悲鳴に、ツクヨは淡々と指を折ってみせた。

「お前ののんびりした相槌が好きだ。丸すぎる笑い方も好きだな。裏表がなくて馬鹿正直な割に人に流されないところも。頭が人並みでも、要領が悪くても、それを補うためにこつこつ真面目に仕事を片づける姿勢が好きだ」
「せ、星下……」
「人のものを取る気はなかったから、言うつもりはなかったのだが」

 思いの全部を吐き出して、視線を落とした。
 本当のことを言ってしまうことで、居心地のいいこの場所を失ってしまうかもしれないとは考えた。それでも、手を伸ばしたいと思ったのだ。
 生まれてこのかた、ツクヨが私欲で動いたのは初めてだった。
 拒まれるかも知れないと、それを怖いと思ったのも、初めてだった。

「……頼むから、うんと言ってはくれぬか」

 うつむくツクヨの繊手をタダトキの丸い手が握り、真っ赤な顔で、本当に僕でよろしいのでしたら、と答える。
 そなたがいいのだ、と返したツクヨの顔には、いとけない少女のような笑顔が浮かんでいだ。

アヤリとギー

「……なんですか、人の足下をじっと見て。不審すぎるんですが」
「お前、いつも裾が長いな」
「それはまあ、神官衣ですから」
「ドレスでもそうだろう。最近は丈が短いのがはやってるらしいぞ。作ってやるから着ろ」
「全力でお断りします」
「何故」
「何か妙な下心を察知したからに決まってるじゃないですか! そうじゃなくても短いのなんて着ませんよ!」
「隠すから見たくなるんだろう。わかった、ドレスは諦めるからちょっと見せろ」
「阿呆ですかって、うわっ! ……何するんですか! 降ろしてください!」
「暴れるなよ、落ちるぞ」
「落ちるぞじゃないですよ! めくるな! 不敬罪で首飛ばしますよ!」
「膝までで譲歩するから見せろ」
「いーやーでーすー!」

 コンコン

「星下、お茶のご用意が……」
「…………」
「…………」
「ちょ! 日の高いうちからソファで何なさってるんですかー! きゃー!」
「何嬉しそうに悲鳴上げてるんです! 助けてください!」
「まだ何もしてないぞ」
「あなたはちょっと黙ってなさい!」

ギーと娘

 その日、神殿では、西庭のある一角に禁足地が発生していた。
 とはいえ、法に則ったものではない。
 ただ、ある神官が西庭の東屋に訪れているときには、とにかく近づくべからず、というお触れが内々に出回っていただけだ。

 神官がただの神官ではないからそこの事態だ。
 時の〈神后〉と、ラクイラの若獅子との間に生まれながら、次期継承者である〈星〉の座も、ラクイラの王座も、双方をあっさりと蹴ってみせた少女。
 ――名を、トキワといった。

 

「ずいぶんとぶすくれているな。可愛い顔が台無しだ」

 頭上から無遠慮に降ってきた声に、トキワはこの上なく不機嫌な顔で目を上げた。
 そこに父親の姿を見つけ、これ以上ないほどに頬を膨らませてそっぽを向く。

「いま一番見たくない顔です。どこかに行ってください」
「つれないことを言うな。土産を持ってきたぞ」
「……それだけ置いて立ち去ってくれたら、あとでちょっとばかり感謝してもいいです」

 そんな言葉で追い払えると思っていたわけではない。
 案の定、父親は焼き菓子の包みをトキワの膝に置くと、許可も得ずに隣に腰を下ろした。

「……父上」
「なんだ?」
「失恋したときに男親が慰めに来るというのは愚の骨頂だと思うのです。したがって、早急にお引き取りを願います」
「そう言うな。あいつにはなおさら弱音を吐けないだろう」
「だからって、無理筋な初恋を力業で叶えやがった父親相手に吐くとお思いですか」
「……まあ、無理だな」
「そうです。無理です」
「……というより、お前は誰を相手にしても弱音なんぞ吐けんだろう。そういうところは、あいつによく似ている」

 わかったようなことを、とトキワが眉間に皺を寄せる。
 口に出せなかったのは、それが的を射た言葉だったからだ。

 幼い頃からこれと決めて追い求めた相手が、この上なく引け腰だということは知っていた。できうる限りで逃げだそうとしていることも知っていた。よくよく、分かっていた。
 だからこそ権謀術数を駆使して、どんなに追い詰めてでも手に入れようとしたのだ。
 ――別の女と結婚したという結果をみるに、それはどう考えても裏目に出ていたわけなのだが。

 結婚の報告を聞いた場で無表情に「それはおめでとうございます」と棒読みで言ってのけた馬鹿正直な娘は、盛大なため息を吐き、両膝に顔を埋めた。

「……私の何がだめだったっていうんですか……!」
「そうやって計算ずくで相手を追い詰めたところだと思うが」
「だから父上には言われたくないです! くっ……フィフィナおばさまの娘に産まれていれば、きっとわたしだって……!」
「いや、問題はそこにない。諦めろ。問題はお前が育てた性質だ」
「神殿育ちが憎い!」
「俺以上に自由奔放に育った結果だな」
「どこがですか! 父上よりよほどやることやってますよ!? その上で〈星〉になんてならなくてすむよう悪知恵をめぐらせたというのに!」
「下手に知恵があるぶんたちが悪いな」
「理不尽です!」
「いや、俺が言うのも何だが、道理だ」
「くそう……ああもう、諦めなきゃいけないってわかってるんですよ……! 人のものになっちゃったんですから! くっそむかつきます、父上もこの苦しみを思い知ればいい!」
「今さらどう思い知れというんだ、娘よ。言っておくが、並ならない苦労はしたぞ」
「具体的には八つ当たりで、母上に泣きついて半年くらい顔を合わせないでいただきます」
「……おい」
「傷心の娘のためですから! この顔で涙目になってお願いすればきっと!」
「やめておけ。子供の頃の俺と似た顔だ。玉砕するに決まっている」
「ハッ、残念ながら母上は私に甘いですから! この上なーく苦々しい顔をなさるでしょうが、最終的には聞き入れてくださいます。内容が内容なのでこれ幸いと!」
「……よし。よく考えろ、トキワ。お前は今いくつだ?」
「十三です!」
「来年あいつに子供が生まれれば、年の差はいくつだ?」
「なっ……! ……それは……そうか、そっちの方が少ない……! 天才ですか、父上!」
「そこで褒め称えられることには異論を呈したいが。……まあ、あれよりはましか……」
「そうとなったら同じ顔のご子息が生まれるよう祈祷を頼まなければ! 失礼します!」
「いや、提案しておいて何だが、本気でそれでいいのか。顔か」
「何をおっしゃいます。性格など、環境でいかようにも作り出せるものです」
「待て。本気で待て。いくら俺でも止めるぞそれは。あれをもう一人作り出す気か」

 反射的に腕を掴んだ父親と多感な娘の低レベルな言い争いは、衛士から報告を受けた〈神后〉がこの上なく苦々しい顔でその場に現れるまで、月明かりの下で延々と続いていたという。

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