*033
月日は飛ぶように流れ、あれから三度目の春が訪れました。
猊下は相変わらずご健勝で、譲位のご意向などかけらもお見せになりません。ただし、仕事は殆ど私に丸投げに――もとい、お任せになって、父上と新婚まがいの生活をお楽しみになっています。
変わるものも変わらないものも、数えきれないほどの日々に埋もれて行きます。
私はもちろんのこと、この三年で磐石な体制を築き上げました。独裁者になりたいわけではないので反対意見は封じていませんが、前々より気になっていたあれこれに手をつけられる程度には余裕ができてきています。もともと組織の上の人間が直接手がけなければならない仕事というものは、そこまで多くないのです。
そんなある日、私がいつものように執務室で書類を捌いていると、珍しい訪問者がありました。
「ごきげんよう、星下。お変わりなく何よりだわ」
花と讃えられる微笑で告げたのは、フォーリの姫君です。
懐かしい顔に相好を崩して、私は人払いをさせました。
「お久し振りです。そういえば、珠のような女の子をご出産なさったとか。おめでとうございます。贈り物は気に入っていただけました?」
「ええ、そのことでお話があって……」
楚々とした微笑でフィフィナ姫が言ったとき、他の人間が完全にいなくなりました。
とたん、彼女の笑みがひどくおどろおどろしいものに変わります。
「……星杖のレプリカを贈ってくるなんて、一体どういうつもりなの!?」
「それはもちろん、未来の〈星〉ですから」
「あげないって言っているでしょう!」
「だって他にいませんし。案外本人が野望を持つかもしれないじゃないですか。応援してあげましょうよ」
「そうなってから言いなさい!」
あ、そこは否定しないんですね。さすが血縁。
憤懣やるかたない様子で細い腕を組み、フィフィナ姫は、すっと目を細めました。
「……ああそうだわ星下。南方に、紛争地域を含めた大規模な協商ができたことはご存知かしら」
とたん黙り込んだ私に、彼女はそれはそれは美しい微笑をたたえてみせます。
「その中心になったのが誰なのかも、もちろん、ご存知よね?」
「……何の話でしょうね」
フィフィナ姫は傲然と顎を上げ、勝ち誇ったように笑みを深めました。
「観念することね。もうあなた以外、反対する人間はいないわよ」
「いますよ! 作ってみせますよ!」
「それ、悪あがきって言うんだと思うけど」
あきれたような彼女の感想など、知ったことではありません。
ふいと横を向いた私は、窓の外から目に入った中庭に、なんだかとても不穏な光景を見つけました。
やけに賑わった人だかり。
人を集めたと言うよりも、人が勝手に集まってきたかのような。
――まさか。
嫌な予感に硬直したとき、執務室の扉が叩かれました。
現れた侍従が訪問者の名前を告げます。
その瞬間、私は敵前逃亡を決意しました。
かくして宣言通りに価値を手にした若獅子は、手土産を持って神殿を訪れます。
私が結局折れたのかどうかについては、腹立たしいのでここでは触れないことといたしましょう。